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コラム(6)幸せで、記憶を紡ぐ
こんばんは、サキミタカユウイチロウです。
太陽の唄をご訪問頂き、ありがとうございます。
今日は記憶の話をしますね。
この記事をは内田和成さんの『内田和成のビジネスマインド』(http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/199490/51295305)の”人間は自分で経験しないと学べないのか”を元にして書いています。こちらのブログも私とは違った視点で面白い話題を提供してくださっておりますので、ぜひご覧になってくださいね。
”人間は自分で経験しないと学べないのか”では、「人は時間が経つと大事な事でも忘れてしまう。いかに記憶を留めるかが重要である」という話をされています。
<以下、『内田和成のビジネスマインド』より転載>
簡単に言うと、今回東北地方で起きた大津波が街を飲み込んでいく様が、ほとんどそのままシミュレーションされている。唯一の違いは、地域が東北ではなく四国である点だ。
今回ニュースなどで見た、街中を大きな船が流されている様子、車やガラクタがとんでもないスピードで流されている様子が、そのままCG動画で映し出されていた。
巨大地震に伴う大津波の怖さが、既に映像化までされて警告されていることに本当に驚いてしまった。世の中では想定外の大地震で大津波と言うことだったが、実は予測されていた。違うのは東北ではなく、東南海で起こると思われていたことと、それがいつ起こるかは分かっていなかったことだ。
ー中略ー
実はこの番組の中で主役級の扱いになっているのが地震の大家である東北大学の今村先生ですが、彼がこんなことを言っているのが印象的です。
「津波のような低頻度巨大災害というのは、啓蒙するのが難しい。放っておくと直ぐ忘れられてしまうので、忘れることをいかに食い止めるかが課題になる」。
彼にしても、せっかくここまでの警鐘番組を作れたのに、地元東北で災害を防ぎきれなかったのを残念に思っているに違いない。
この忘れてしまうことの弊害については、失敗学で有名な畑村洋太郎先生も、三陸海岸の津波による被害が30年経つと忘れられてしまって、海辺に家を作るという同じ過ちが繰り返されると語っている。実際明治29年の大津波で20,000名以上なくなったのに、その37年後の昭和8年にまた同じ地で3、000名以上が亡くなっているそうだ。
<転載終了>
(この記事の内田さんの本論はこの後の「人間は成功からは学べない。学べるのは失敗からだ。」というお話です。)
私の話は恐ろしい目にあっても、時間が経つとそれを人が忘れてしまうこと。30年経つと、恐ろしい大津波の記憶を忘れて、海辺に家を作ってしまうことについてです。
忘却は人が幸せに生きていくために大切な機能です。嫌な事や辛い事があっても、時間が経てばそれを忘れることができます。それはとても幸せなことですよね。ありがたいことです。
だから、それこそ恐ろしい津波の記憶は忘れ去られてしまいます。誰にとっても嬉しいことではないですから。
だから、楽しい、嬉しい、幸せな記憶を残すのはどうでしょうか?
津波にあって家を流された方が、新しく高台の安全な場所に家を建てたときの「安心感」「安堵感」「嬉しさ」「楽しさ」そんな幸せな気持ちを残す事で、次に繋げることはできるのではないでしょうか?
人は幸せだった時の記憶を長く長く持ち続けます。幸せな記憶は自然と何度も思い返すもので、それがまた幸せな記憶を強くします。歳を重ねても子供の頃の幸せな記憶は保ち続けられます。時を経て、記憶が熟成されて、美化されることはあるかもしれません。それでもそこにある歓びはいつまでもそこにあり続けます。
記憶を残すのであれば、幸せな記憶を。

『あなたがイマココにあることに、ありがとう』byサキミタカユウイチロウ
太陽の唄をご訪問頂き、ありがとうございます。
今日は記憶の話をしますね。
この記事をは内田和成さんの『内田和成のビジネスマインド』(http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/199490/51295305)の”人間は自分で経験しないと学べないのか”を元にして書いています。こちらのブログも私とは違った視点で面白い話題を提供してくださっておりますので、ぜひご覧になってくださいね。
”人間は自分で経験しないと学べないのか”では、「人は時間が経つと大事な事でも忘れてしまう。いかに記憶を留めるかが重要である」という話をされています。
<以下、『内田和成のビジネスマインド』より転載>
簡単に言うと、今回東北地方で起きた大津波が街を飲み込んでいく様が、ほとんどそのままシミュレーションされている。唯一の違いは、地域が東北ではなく四国である点だ。
今回ニュースなどで見た、街中を大きな船が流されている様子、車やガラクタがとんでもないスピードで流されている様子が、そのままCG動画で映し出されていた。
巨大地震に伴う大津波の怖さが、既に映像化までされて警告されていることに本当に驚いてしまった。世の中では想定外の大地震で大津波と言うことだったが、実は予測されていた。違うのは東北ではなく、東南海で起こると思われていたことと、それがいつ起こるかは分かっていなかったことだ。
ー中略ー
実はこの番組の中で主役級の扱いになっているのが地震の大家である東北大学の今村先生ですが、彼がこんなことを言っているのが印象的です。
「津波のような低頻度巨大災害というのは、啓蒙するのが難しい。放っておくと直ぐ忘れられてしまうので、忘れることをいかに食い止めるかが課題になる」。
彼にしても、せっかくここまでの警鐘番組を作れたのに、地元東北で災害を防ぎきれなかったのを残念に思っているに違いない。
この忘れてしまうことの弊害については、失敗学で有名な畑村洋太郎先生も、三陸海岸の津波による被害が30年経つと忘れられてしまって、海辺に家を作るという同じ過ちが繰り返されると語っている。実際明治29年の大津波で20,000名以上なくなったのに、その37年後の昭和8年にまた同じ地で3、000名以上が亡くなっているそうだ。
<転載終了>
(この記事の内田さんの本論はこの後の「人間は成功からは学べない。学べるのは失敗からだ。」というお話です。)
私の話は恐ろしい目にあっても、時間が経つとそれを人が忘れてしまうこと。30年経つと、恐ろしい大津波の記憶を忘れて、海辺に家を作ってしまうことについてです。
忘却は人が幸せに生きていくために大切な機能です。嫌な事や辛い事があっても、時間が経てばそれを忘れることができます。それはとても幸せなことですよね。ありがたいことです。
だから、それこそ恐ろしい津波の記憶は忘れ去られてしまいます。誰にとっても嬉しいことではないですから。
だから、楽しい、嬉しい、幸せな記憶を残すのはどうでしょうか?
津波にあって家を流された方が、新しく高台の安全な場所に家を建てたときの「安心感」「安堵感」「嬉しさ」「楽しさ」そんな幸せな気持ちを残す事で、次に繋げることはできるのではないでしょうか?
人は幸せだった時の記憶を長く長く持ち続けます。幸せな記憶は自然と何度も思い返すもので、それがまた幸せな記憶を強くします。歳を重ねても子供の頃の幸せな記憶は保ち続けられます。時を経て、記憶が熟成されて、美化されることはあるかもしれません。それでもそこにある歓びはいつまでもそこにあり続けます。
記憶を残すのであれば、幸せな記憶を。

『あなたがイマココにあることに、ありがとう』byサキミタカユウイチロウ
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- 2011/04/12(火) 00:33:59 |
- 太陽の唄
